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自己中心の、肉に属するクリスチャンは、この豊かな実りあるクリスチャン生活を
体験できないのです。
なぜなら、 1.
自己中心のクりスチャンは、自分自身の努力で、クリスチャン生活を送ろうとしているからです。
2.
クリスチャン生活を送るのに聖霊によってキリストの力をいただくことをしないからです。
したがって、 1.
多くのクリスチャンは自分自身を理解できません。正しいことをしたいと思うのに、それが
できないのです。 2.
霊的に起伏が激しく不安定な生活を送っています。
3.
神の愛と、赦しと、力の中で生活をしていないのです。
肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。というのは、肉の思いは神に対して
反抗するものだからです。 ローマ人への手紙8:6,7
もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。
ローマ人への手紙8:13,14 (ローマ人への手紙8:1-15、ガラテヤ人への手紙5:16-21、コリント人への手紙第二2:14-6:13)
肉に属する人
自己中心の肉に属するクリスチャンは、以下のことが特徴となってきます。
欲求不満 不従順 思いわずらい 不純な思い
敗北感 律法的な態度 破壊的批判
神と人への愛の喪失 無目的 無力な祈り 罪責感
御言葉の学びへの情熱の欠如 ねたみ
神がくださるものへの無知 不信仰
肉の思いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。
ガラテヤ人への手紙5:19-21
口ではクリスチャンであると言っていても、罪をおかし続ける人は、自分がクリスチャンとしてふさわしい歩みをしていないことを真剣に反省してみる必要があります。
ヨハネの手紙第一2:3;3:6,9;エペソ人への手紙5:5
では、この間題はどのようにして解決されるのでしょうか?
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